livaの雑記帳

seccamp2018(補足3)

注:このページは、セキュリティ・キャンプ2018全国大会x86 OS ゼミにおいて私が担当するテーマ(最先端OS談義)について解説したものです。

詳しくはトップページを御覧ください。

 

「自分がOSと思った物がOSなんだ」論について

SNSを見ていると、時々「OSの定義なんて曖昧なんだから、自分がOSと思った物をOSと言ってしまえばいいじゃないか」という意見を見かけます。

 

まず誤解のないように述べておくと、この意見は間違っているわけではありません。

私も「これまでのOSはこのように考えられたいたが、このように再定義して良いと思う」「これからのOSはこうあるべきだと思う」という議論は積極的にされていくべきだと考えています。

これまでの定義を妄信的に信じて、「定義は◯◯だから、それ以外の物は全てOSじゃないんだ」というのは、新しい発見を阻害するのであまり良くないのではないかと思っています。

これはOSに限らず、あらゆる概念について言える事でしょう。

 

ではこの意見のどこが問題なのかというと、「これまでの定義と対比させていない事」だと私は思っています。

極端な例を挙げましょう。「テキストエディタはOS」という意見はどうでしょうか?

この意見はネタとしては面白いのですが(実際そういうネタもあるようですし)、真面目に考えると「いやいやテキストエディタはアプリケーションでしょ」って思う人が多いわけです。

ここで、「自分がOSと思った物がOSなんだ」論を出すと、「自分はテキストエディタはOSだと思っているからテキストエディタはOSなんだ」という話になってしまい、それを聞いた周りの人たちは「テキストエディタはアプリケーション派」の人たちは「ま、まあ、そう主張するならそれでも良いんじゃない?」となって話が終わってしまいます。

 

もちろんこれで満足できる人にとってはそれでも良いのかもしれませんが、私の場合は、話が終わってしまうと新しい発見が生まれる機会が失われてしまうので、悲しく感じるわけです。

例えば、「OSはユーザーがコンピュータを操作するための様々な機能を提供している。高機能なテキストエディタプラグインを入れれば何でもできる。だからテキストエディタは現代のOSなんだ!」という主張であれば、「そのOSの定義、ちょっと怪しくない?」みたいな感じで話が膨らみますよね。これは大いにアリだと思います。

 

ですから、「自分がOSと定義したものがOSなんだ!」というのは少し乱暴で、「OSの本質は○○だから、✕✕もOSに含める事ができるのではないか」という風な言い方をした方が、他の人と喋った時に考えが伝わって良いんじゃないかなー、なんて事を個人的には思っています。運が良ければ喋っている中から新しいアイディアが出て来るかもしれないですからね。